「加齢男性性腺機能低下症候群(LOH 症候群)診療の手引き2007」から「LOH症候群診療の手引き2022」で改訂されたポイントを徹底解説します
男性更年期障害の専門の医療職に限らず、男性更年期障害に悩み苦しむ我々のバイブルになっている「LOH症候群診療の手引き」ですが、2007年に初めて世に出された手引きから15年の時を経て2022年に内容が刷新された最新版が出されました。
今回は、「加齢男性性腺機能低下症候群(LOH 症候群)診療の手引き2007」から「LOH症候群診療の手引き2022」で改訂されたポイントを、わかりやすく徹底解説します。
ぜひ、あなたの男性更年期障害の治療やケアの情報ソースとして活かしていただければと思います。
- 2007版から2022版で改訂されたポイントは次の4つです
- 「LOH 症候群でのテストステロン低下は必ずしも加齢現象とは言えないため、LOH 症候群を主とし、加齢男性の性腺機能低下症を従とした。」とは?
- 「診断基準として血清(総)テストステロン値が 250ng/dL 以下または血清フリーテストステロン値が7.5pg/mL とした。」とは?
- 「テストステロン補充療法についてはテストステロン値にこだわらないとした。これはアンドロゲン受容体遺伝子にある CAG リピートが情報伝達の効率に関係するため、基準値以上であっても有症状の患者にテストステロン補充療法が有効な可能性があるためである。」とは?
- 「非薬物療法についてもエビデンスに基づき紹介した。」とは?
- おわりに
2007版から2022版で改訂されたポイントは次の4つです
- LOH 症候群でのテストステロン低下は必ずしも加齢現象とは言えないため、LOH 症候群を主とし、加齢男性の性腺機能低下症を従とした。
- 診断基準として血清(総)テストステロン値が 250ng/dL 以下または血清フリーテストステロン値が7.5pg/mL とした。
- テストステロン補充療法についてはテストステロン値にこだわらないとした。これはアンドロゲン受容体遺伝子にある CAG リピートが情報伝達の効率に関係するため、基準値以上であっても有症状の患者にテストステロン補充療法が有効な可能性があるためである。
- 非薬物療法についてもエビデンスに基づき紹介した。
私たちの様な素人には、ちょっと、何を言っているのかわからないですよね。
ご安心ください。
出来るだけ、わわりやすく詳細に解説いたします。
「LOH 症候群でのテストステロン低下は必ずしも加齢現象とは言えないため、LOH 症候群を主とし、加齢男性の性腺機能低下症を従とした。」とは?
この内容を理解するためには、「LOH症候群」と「加齢男性の性腺機能低下症」の違いを理解しなければなりません。
パッと見、LOH症候群と加齢男性の性腺機能低下症は同じものでしょ?
って思いませんでしたか?
実際、同じものとして捉えられることが多いのですが、厳密にいうと異なるのです。
そこで、わかりやすく一覧表にまとめてみました。
特徴 | LOH症候群 | 加齢男性の性腺機能低下症 |
定義 | 加齢以外の要因も含めたテストステロンの低下 (例えばストレスなど) | 主に加齢によるテストステロンの自然な減少 |
診断基準 | 症状の有無を重視し、テストステロン値だけでなく症状を評価(テストステロン値が基準値以上でも、症状次第ではLOH症候群と診断される場合もあります)します | テストステロンの数値減少が主な診断基準になります |
治療アプローチ | 個別の症状管理と原因に基づく治療が必要で、ホルモン補充療法以外にも漢方薬療法などがあります | 年齢に応じたホルモン補充療法 |
いかがでしょうか。
並べて比較してみると、違いがあることがお分かりいただけるのではないでしょうか。
つまりLOH症候群を、単なる年齢による変化ではなく、他の因子(代表的なのはストレス)によるテストステロン低下も含めて捉えるべきであると強調しているのです。
つまりテストステロンの低下が加齢だけでなく、生活習慣や他の健康状態の影響を受ける可能性を考慮に入れているのです 。
この理解は、治療アプローチにも影響を与え、LOH症候群では、加齢だけでなく他の要因に基づいた治療が必要であることを示しています。
そのため、加齢を原因とする「加齢男性の性腺機能低下」とは区別して、より個別化された治療が推奨されているのです。
整理すると「LOH症候群診療の手引き2022」では、加齢以外の要因でも発症しうるLOH症候群をメインとすることが、明確化されているということになります。
「診断基準として血清(総)テストステロン値が 250ng/dL 以下または血清フリーテストステロン値が7.5pg/mL とした。」とは?
2022になって、LOH症候群の診断基準の一つであるテストステロンについて見直しが行われたということになります。
そもそも「加齢男性性腺機能低下症候群(LOH 症候群)診療の手引き2007」の時の基準を踏まえないとわかりずらいですよね。
こちらも分かりやすく、一覧表にまとめてみました。単位が間違っていたりすので、それも再確認して、整理しておきました。
診断基準 | 2007年版診断基準 | 2022年版診断基準 |
総テストステロン(TT) | 定められていません | 一律で250 ng/dL未満(手引きでは「以下」と表記されていたが、正しくは「未満」です)と定められています |
遊離テストステロン(FT) | 8.5 pg/mL未満を低下値として設定(20歳代のmean-2SD)しています | 7.5 pg/mL未満(手引きでは「未満」表記がない)と設定されています |
基準値の根拠 | 20歳代の平均値の70%以下もLOH症候群のボーダーライン症例として考慮されています | 治療適応において、テストステロン値だけでなく、臨床症状を重視します |
測定方法 | 測定方法に関する詳細な言及はありません | RIAまたはELISA、CLIAによるTTおよびFTの測定を推奨しています |
そもそもですが、手引きの「血清フリーテストステロン値が7.5pg/mLとした。」という表現は、7.5pg/mL「以下」なのか、「以上」なのか、「未満」なのか、がはっきり示されていません。
単なる、校正漏れなのか・・・
よくよく調べると「未満」であることが確認されました。
もう少し、詳しく解説すると以下のようになります。
テストステロンの種類
2007年版ではフリーテストステロンである、遊離テストステロン(FT)値に関して年代ごとの正常値を提供しており、加齢に伴う基準値の変化を反映しています。
2022年版では総テストステロン(TT)と遊離テストステロン(FT)の基準値を一律化し、特定の値(TTは250 ng/dL未満、FTは7.5 pg/mL未満)を設定しています。
グローバルスタンダードの総テストステロン(TT)が採用されたことが、大きな変化ですね。
基準値の根拠
2007年版では、20代の平均値の70%未満をボーダーラインと定義し、男性ホルモンの低下傾向が見られる場合にテストステロン補充療法(TRT)の対象としています。
2022年版ではテストステロン値だけでなく、症状の有無やその他の臨床症状を基にテストステロン補充療法(TRT)の適応を判断しており、基準値以上であっても症状が認められる患者に対してはテストステロン補充療法(TRT)が有効であるとしているのです。
もしかしたら、読者の中にも、テストステロン値が基準に達していないのに、テストステロン補充療法(TRT)を受けている方もいらっしゃるかもしれませんが、これがその理由です。
裏を返すと、その”時”のテストステロン値だけで判断せずに、症状をみてトータルで判断して、必要に応じて補充しましょうというもの。
測定方法
2022年版では、総テストステロン(TT)の初期測定としてRIAまたはCLIA法を推奨し、補助診断基準として遊離テストステロン(FT)をELISA法で測定することを提案しています 。
ここで、参考までに、それぞれの測定方法について解説しましょう。
1. 総テストステロン(TT)の測定
RIA(放射免疫測定法)
概要:
- RIA(Radioimmunoassay)は、放射性同位元素を利用してホルモンや他の物質の濃度を測定する方法です。
手順:
- 抗体の準備: 特定のホルモン(この場合、テストステロン)に対する抗体を準備します。
- 放射性標識: テストステロンに放射性同位元素を付加して、放射性テストステロンを作ります。
- 競争結合反応: 血液サンプル中のテストステロンと放射性テストステロンが、同じ抗体と結合するために競争します。
- 測定: 放射性テストステロンがどれだけ抗体と結合したかを測定することで、血液中の総テストステロン濃度を間接的に求めます。
メリット:
- 高感度で精度が高い。
- 小さなサンプル量で測定可能。
デメリット:
- 放射性物質を扱うため、安全管理が必要。
- 機器と専門知識が必要で、コストがかかる。
CLIA(化学発光免疫測定法)
概要:
- CLIA(Chemiluminescent Immunoassay)は、化学発光を利用してホルモン濃度を測定する方法です。
手順:
- 抗体の準備: テストステロンに対する抗体を準備します。
- 化学発光物質: テストステロンに化学発光物質を付加します。
- 競争結合反応: 血液サンプル中のテストステロンと化学発光テストステロンが、同じ抗体と結合するために競争します。
- 測定: 化学発光の強度を測定することで、血液中の総テストステロン濃度を間接的に求めます。
メリット:
- 高感度で迅速。
- 放射性物質を使わないため、安全性が高い。
デメリット:
- 専門的な機器と試薬が必要。
- RIAに比べると若干精度が劣ることもある。
2. 遊離テストステロン(FT)の測定
ELISA(酵素免疫測定法)
概要:
- ELISA(Enzyme-Linked Immunosorbent Assay)は、酵素を利用して特定の物質(この場合、遊離テストステロン)の濃度を測定する方法です。
手順:
- 抗体の準備: 遊離テストステロンに対する抗体をプレートに固定します。
- 血液サンプル: 血液サンプルをプレートに添加し、遊離テストステロンが抗体と結合するのを待ちます。
- 酵素標識: 結合した遊離テストステロンに酵素標識を付加します。
- 発色反応: 基質(酵素が反応する物質)を添加し、酵素反応により発色させます。
- 測定: 発色の強度を測定し、遊離テストステロンの濃度を間接的に求めます。
メリット:
- 操作が比較的簡単で、自動化しやすい。
- 放射性物質を使わないため、安全性が高い。
デメリット:
- 試薬の質によって結果が変わることがある。
- 他の物質の影響を受けやすいため、特異性が低い場合がある。
まとめ
- 総テストステロン(TT)の測定: RIAは高感度で精度が高いが、放射性物質を使用するため安全管理が必要。一方、CLIAは化学発光を利用するため、安全性が高いが、機器が必要。
- 遊離テストステロン(FT)の測定: ELISAは酵素を利用し、操作が簡単で安全。試薬の質と他の物質の影響を受けやすい場合がある。
どちらの方法も、それぞれの利点と欠点がありますね。
これらの測定により、より正確で信頼性の高い測定が可能となっています。
このように一覧表で比較してみると、2022版は2007版に比べて、よりシンプルで一貫性のある基準にチェンジしていることがわかります。
また、臨床症状を重視する方向へのシフトも見られ、患者個々の状態に合わせたより柔軟な対応が可能となってきています。
個人的には、歓迎すべき改訂だと思います。
「テストステロン補充療法についてはテストステロン値にこだわらないとした。これはアンドロゲン受容体遺伝子にある CAG リピートが情報伝達の効率に関係するため、基準値以上であっても有症状の患者にテストステロン補充療法が有効な可能性があるためである。」とは?
うわぁ、専門用語が目白押しで、わかりずらい文章ですよね。
こちらも、分かりやすく紐解いてみたいと思います。
テストステロン補充療法(TRT)において、テストステロン値にこだわらないというアプローチは、アンドロゲン受容体(AR)遺伝子内のCAGリピートの長さに関連する生物学的変動を考慮しています。
これは、テストステロンの生理的効果が単に血中のテストステロン濃度だけでなく、そのテストステロンが細胞内でどの程度効果的に働くかということにも依存するためです。
以下に、さらに分かりやすく説明します。
アンドロゲン受容体(AR)とCAGリピート
アンドロゲン受容体(AR)は、男性ホルモンであるテストステロンやジヒドロテストステロン(DHT)が細胞内で作用するために必要なタンパク質のことです。
このアンドロゲン受容体(AR)の遺伝子には、CAGという特定のDNA配列の繰り返しが存在し、このリピートの長さは個人によって異なります。
CAGリピートの影響
CAGリピートの長さは、アンドロゲン受容体(AR)の活性に影響を及ぼします。
リピートが短いほどアンドロゲン受容体(AR)の活性が高まり、テストステロンのシグナルが効率良く細胞内で伝達されます。
逆にリピートが長いと、アンドロゲン受容体(AR)の活性が低下し、同じ量のテストステロンがあってもその効果が弱まることがあります。
テストステロン補充療法の応用
通常、テストステロンの血中濃度が一定の基準値以下であれば、テストステロン補充療法(TRT)が考慮されますが、CAGリピートの変異(長い・短い)を考慮に入れることで、基準値以上でもテストステロン補充療法(TRT)が有効である可能性がある患者さんを見逃さないようにするのです。
つまり、血中のテストステロン濃度だけでなく、そのテストステロンがどれだけ効果的に細胞内で活動できるかも重要視されるとしています。
このように、テストステロン補充療法(TRT)では、単にホルモンの数値を追うのではなく、個々の遺伝的特性を考慮したより個別化されたアプローチが求められています。
これにより、患者さん一人一人に最適な治療を提供することが可能になるのですね。
「非薬物療法についてもエビデンスに基づき紹介した。」とは?
非薬物療法として主に運動療法、栄養摂取の食事改善法が挙げられており、これらの療法がエビデンス(科学的根拠)に基づいていることが強調されています。
それぞれ概要をお示しすると次の様になります。
運動療法
内容
定期的な運動が推奨されており、特に中等度の運動(ウォーキング、ジョギング、水泳など)が効果的です。
高強度の運動は、逆効果になりますので、頑張るのもほどほどにしましょう。
効果
体力の向上、心理的なストレスの軽減、全体的な健康状態の改善に役立ちます。
また、運動はテストステロンの自然な生産を促進することが研究で示されています。
栄養摂取の食事改善
内容
健康的な食事が推奨され、特に心血管疾患のリスクを低減する地中海式ダイエットが好ましいとされます。
効果
心血管健康の改善はもちろん、全体的なホルモンバランスの改善にも寄与します。
これらの非薬物療法は、LOH症候群における全体的な健康維持と症状の管理に有効です。
個人的には、非薬物療法に「睡眠」を入れるべきだと考えておりますが、残念ながら手引きの中では扱われていないませんでした。
これらのアプローチは患者さんの生活の質の向(QOL)上に直接的に貢献し、テストステロン補充療法と併用することでより効果的な治療が期待できます。
おわりに
この度は最後までお読みくださり、ありがとうございました。
手引きの改訂内容を理解することは、男性更年期障害に対する理解を深め、より質の高いケアを提供するための重要な一歩です。
診断基準の明確化、テストステロン補充療法の適用範囲の拡大、非薬物療法の導入といった進歩は、これからの治療に新たな希望をもたらしてくれることでしょう。
あなたの健康と幸福に寄与できることを願いつつ、今後も最新の情報をお届けして参ります。
未来への一歩を踏み出す勇気と希望を持ち続けてください。